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【テキスト:松本 守史 (森の木ファーム株式会社 代表取締役)】
本当にまったく意識してなかったにもかかわらず、9年前に津久井やまゆり園の事件が起こった7月26日に、たまたま立ち寄ったヘラルボニー銀座で、コーネリアス小山田さんとヘラルボニー契約作家13名による展示会が行われていた。偶然にしてはすごくできすぎた偶然性を感じ、何か書かなければならないような気がして、コラムとして残しておくことにした。
よかったらコーネリアスのこの楽曲を聴きながら読んでみて下さい。
まずはコラムの前提となっている事件を軽く確認。
【津久井やまゆり園事件】
2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の男が侵入し、入所者19人を刺殺、26人に重軽傷を負わせた。犯人は重度障がい者に対し「生きていても社会に迷惑をかけるだけ」と強い差別意識を示し、社会に大きな衝撃と議論を呼んだ。
【コーネリアス小山田圭吾氏の炎上事件】
コーネリアスとして活動していた小山田圭吾氏は、かつて受けた雑誌のインタビューで、学生時代に障がいを持つ同級生に対して、「段ボール箱に閉じ込める」「裸にして暴行する」などのひどいいじめをしていたことを自慢げに語っていたことが発覚した。そのことがきっかけとなり、東京オリンピックの開会式音楽担当を辞任することになった。
【ヘラルボニー】
知的障がいのあるアーティストとライセンス契約を結び、作品をデータ化し、アパレル・雑貨・インテリアなどに展開している。障がい者が描いた作品に正当な対価(ロイヤリティ)を支払う、福祉×アート×ビジネスを融合させた革新的な活動で、国内外で高い評価を受けている。
ヘラルボニーの展示はものすごくよかった。
コーネリアス小山田さんがヘラルボニー作家が創作する場を訪れ、交流を経て生みだした楽曲が流れる中で、13人の作家の身の回りにあるアイテムと作品が展示されていた。コーネリアスの楽曲は反復されるリズムや多様な音の重なりが特徴だが、施設で作家が作品を細かく描き込む時のリズム感や空気感を自然と想像させる、豊かな広がりのある展示となっていた。
重度の知的障がい者や自閉症者はしばしば、外から見ると意味がないように思える行動を繰り返し行うことがある。この行動を「常同行動」と言うが、体を揺すったり手をたたいたり、声や破裂音を発するなど、よく音が出る。ヘラルボニーは重度障がい者が日常的に繰り返し発するこうした音を、「ROUTINE RECORDS」として音源化し、社会に提供をしている。コーネリアスの楽曲にも、サンプリングされた音がたくさん使われていた。
重度の知的障がい者や自閉症者の常同行動は、一般的には得体のしれない行動として社会の中では好まれないことが多い。その背景には、「意味が分からないものを危険視する価値観」や「他人の迷惑に対して過敏な文化」、「障がいを治療すべきものとしてみなす医療モデルによる障がい観」、などがある。しかし重度の知的障がい者たちを管理の対象として施設へ追いやり、日常の生活から見えなくしていった結果、社会では障がい者に対する無理解や偏見は温存されつづけている。その一つの激しい現れが、津久井やまゆり園の事件だったと思う。
しかしヘラルボニーの展示では、13人の作家のどの作品にも、作家自身のこだわりや「好き」が極限まで詰め込まれていた。例えば電車だけで街を描く作家がいた。作品を見ると、彼がどれだけ電車が好きなのかが伝わってくる。そして彼は、大好きな電車で人を描く。信じられない表現方法。圧倒的な「好き」の発散。すごいアーティストだと思った。
彼の作品の土台になっているのは、重度障がい者の強いこだわりや興味の偏りだと思う。しかし、意味や目的を求めず、純粋に湧き上がるエネルギーを突き詰めた作品を前に、鑑賞者は強く感性を揺さぶられる。それは作品を前にした時に、自分たちが普段から様々な感情を抑え、周囲の目を気にした振る舞いを無意識に行い、自分自身の生をそのまま肯定できなくなっていることを思い起こさせられるからだと思う。
意味や目的を求めず純粋に湧き上がるエネルギーの豊かさや美しさに触れられる、素晴らしい展示空間だった。
そしてその空間に、コーネリアス小山田さんの音楽は不可欠だったと思う。きっと小山田さんはこの楽曲を作るにあたって、自分が昔いじめてしまった、障がいを持った同級生への個人的な感情を静かに込めたのではないか。でなければ、重度障がい者が発するたくさんの音をあたたかく包み込んだ、この楽曲は生まれなかったと思う。
理解ができない相手との間に壁を作り、お互いの差異を際立たせるのではなく、理解が難しい相手とも共感し合える部分から関係性を問い直していくことで、豊かで平和な世界が広がっている。この展示はそんなことを考えるきっかけにもなるかもしれません。
ヘラルボニー銀座での展示は8月11日までで、その後盛岡で展示されるそうです。もし機会があればぜひ行ってみてほしい展示でした。たまたま立ち寄れた偶然性に心から感謝。